ピケティ『21世紀の資本論』【おじいちゃん先生のお話】

東京大学出身の元高校教師(社会)が自らの視点で感想を書いてくれました。

60代後半のおじいちゃん先生のお話です。


キーワード:『21世紀の資本』

2013年、フランスの経済学者、トマ=ピケティによる世界の経済の仕組みを描いた本。世界の各国で大ベストセラーになり、全世界を合わせるとミリオンセラーになった。日本語版の他に様々な言語に訳されている。


トマ=ピケティの『21世紀の資本』を読み終えました。2013年にフランスで出版され、早くも2014年に邦訳が出るなど、経済学書としては異例のベストセラーとなっていましたから、この本について書かれた他の本の方を先に読んでしまっており、なかなか本物には手が出せないでいました。注を入れて700ページの大著ということもあり、読み始めるのに「決心」がいりました。しかし、読み始めると引き込まれ、メモをとりながら読と30枚以上のメモが残りました。

読みやすさには理由がありました。経済学書にありがちな数式がほとんど出てこないのです。著者自身が言っていたのですが、最近の「経済学」は数学モデルに走りすぎている、複雑な数式にある仮定の数字を代入して何か分析したつもりになっているが、そういう方式では、少し数式を変えることや組み込む仮定の数字を変更することでどんな結論でも導き出せるのではないか、そういう「経済学」はあまり好きでないと。

「経済学」というのはもともと、政治・経済・社会・倫理学を総合したような学問から始まっています。古典派経済学の祖アダム=スミスは経済学者というより「スコットランド啓蒙(けいもう)派」の代表と言われた思想家というべき人物でした。主著『諸国民の富の性質と原因の研究』の前に書いた書物の名前は『道徳情操論』ですから、市民社会の「倫理・道徳・生活」を分析する大きな分野の一部として、彼はあの名著を書いたのです。トマ=ピケティもそういう「伝統的な大きな経済学」の系譜をひいているところがあり、「経済格差」の問題に限定しながらも、そのことを通して、ひろくこの社会全体をとらえようとしています。

著者のやっている一番大きなことは「富」に関する資料を、ありとあらゆるところから集めてきていることです。700ページのほぼ全部が集められて整理されたデータとその説明なのです。ある人が「このデータを集めただけでも彼はノーベル賞に値する」と評していましたが全く同感です。

 

国の税の記録が一番古くから残っているのが、ピケテイの母国フランスなのだそうです。さすがにフランス革命の国で最初に共和制の国を作った国だからこそ、そのような記録・統計を残す政府の機関を作ったのでしょう。そしてその後、次第にヨーロッパ各国で税の記録が残されるようになり、スカンジナビア諸国、アメリカ、カナダ、日本、オーストラリア、さらには中国、ブラジル世界各国から膨大なデータが集められています。税の記録がない時代のことについては、文学作品を利用して「富」のあり方を推測しています。オースティン(英国)やバルザック(仏)の作品が何カ所かで引用されています。

バルザックの『ゴリオ爺さん』はナポレオン戦争後の1820年代のパリの世相を描いた作品です。パスタ製造業で財をなしたゴリオ爺さんが二人の娘に持参金を持たせて上流階級に嫁がせる時に、どれくらいの財産があれば「上流階級としての暮らし」がなりたつか、当時の職人の平均年収の何倍くらいかとかいうことを考える部分が抽出されたり、野心を持って上京した青年が能力を生かして弁護士になって得られる収入と、「土地持ち」の娘を籠絡して婿入りするのでは、どちらが優雅に暮らせるかなどと考えているところから当時の「専門職(弁護士・官僚・大学教授)」の年収や土地から得られる「地代」が計算されたりしているのです。何十年も前に読んだ『ゴリオ爺さん』を思い出しながら、大切にした二人の娘に冷たくされながら、零落してゆくゴリオ老人が悲惨に死んでいくという「プチ・リア王」のような話だったなあと思い出しながら読める本だったのです。

 


続き→「資本主義経済は放っておくと経済格差が拡大する?

*おじいちゃん先生の言葉をなるべくそのまま使いたいので、少しむずかしい言葉をそのまま残しています。

樋口夏穂 登録者

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