アメリカの成り立ちから見る、自由と銃の関係

文責:高橋綾子


キーワード : 抵抗権

不当な権力の行使に対して人々が抵抗する権利のこと。「革命権」とも呼ばれることがある。アメリカでは「武器を所持して携帯する権利」として 「アメリカ合衆国憲法修正項第二条」に記されている。銃乱射事件が起こるたびに銃規制推進派と反対派が後の権利の解釈をめぐって争いに。


銃を手放さない人達

 アメリカのトランプ大統領は、2月に起きたフロリダの高校での銃乱射事件や2012年にコネチカット州の小学校で起こった乱射事件の関係者や遺族に対し「教員を銃で武装させるという案を押し進めるために努力してゆく」と発言し、銃の規制に賛成している人々から反発を招いています。反対にトランプ大統領を支持している「全米ライフル協会(NRA)」の会長は憲法修正項第二条(以下 修正第二条)を引いて「銃規制推進派は乱射事件を利用して個人の自由を奪おうとしている」と主張しています。1791年に成立した修正第二条は、現代のアメリカで民間人による銃撃事件が起こるたびに取り上げられ、議論されています。

2008年アメリカの最高裁判所は第二条に記された「武器を所持して携帯する権利」は個人の武器の所持と携帯を認めたものだという見解を示しています。200年以上前に書かれた「規律ある民兵は自由な国家の安全に必要な存在であるから人民が武器を保有し携帯する権利を侵してはならない」という条文の「規律ある民兵」とは兵を組織する州のことなのか、個人のことなのかという議論の答えについて、個人が武装する権利を認めるという解釈です。

今も州によって違いはあるものの、日本では考えられないほど簡単に銃が手に入る国アメリカ。彼等はなぜ、そんなにも銃を持つことにこだわるのでしょうか。またなぜ、銃を持つことが自由と結び付くと考えられているのでしょうか。

 

アメリカの成り立ち

アメリカという国について皆さんはどんな印象を抱いているのでしょうか。自由の国、経済大国、軍事大国、世界のリーダー…。アメリカンドリームという言葉があります。恵まれない境遇の人、特にアメリカ以外の国で生まれた人がアメリカで努力して大きな成功をつかむことを表す言葉です。個性や多様性が認められる国、働いたり、勉強したり、努力すればみんなに平等にチャンスが与えられる国。そんな「自由の国アメリカ」に夢を抱いて、数えきれない人々が移民としてこの国を目指して来ました。しかし多くの移民を受け入れて来たこの国の様子が変わってきました。

トランプ大統領の「メキシコとの国境に壁を築く」という発言はその象徴です。移民達、特に南米からの不法移民がアメリカ人の仕事を奪い、経済や治安を悪くしているというのです。しかし、そもそも「アメリカ」という国家の成り立ちは15世紀から続くヨーロッパ諸国が次々にアメリカ大陸を植民地化し始めたことがきっかけとなりました。有名なのは17世紀にイギリスで弾圧されたプロテスタントと呼ばれるキリスト教の一派「ピルグリムファーザーズ」です。母国を離れて心機一転、アメリカへ…何だか現在の移民の人々と似ていると思いませんか。もっとも当時のヨーロッパ人達はアメリカの先住民達の社会に溶け込もうとする努力や、彼らの文化を学ぼうとはしませんでした。先住民達から土地を奪い、アメリカでの覇権争いを始めました。戦乱の末、アメリカを手中に収めたのはイギリスです。

 

権力への抵抗

イギリスの植民地となったアメリカでは、アフリカから連れて来られた黒人奴隷を使って大規模な農園での綿花の栽培などが行われました。しかし実はこの頃イギリスは度重なる植民地争い、特にフランスとの戦争が続いたため経済的に苦しい状態でした。そこでイギリス政府は植民地に重い税を課すことで収入を増やそうと考えました。

植民地アメリカに住む人々は次第に本国イギリスへの不満を募らせ、ついに1775年独立戦争が勃発。結果アメリカはイギリスに勝利し、国家として独立を宣言しました。軍事力では勝っていたイギリス本国からの兵士を迎え撃ったのは、後に初代大統領となるワシントン率いる軍隊です。しかしそれだけではなく武器を手にした多くの市民達も戦闘に参加したと言われており、多くの犠牲の上にアメリカの独立は成り立ったのです。

このような歴史から、「我々は自らの手で戦って自由を勝ち取ったのだ」という誇りを今も強く心に受け継いでいる人々がいます。彼らにとって個人が銃を手放すことは自由を求める精神を手放すことと同じだと感じられるようです。また「イギリスの悪政と戦い独立した我々は、政府が権力を悪用するようなことがあれば再び武器を手に立ち上がり政府を倒すべきだ」という権力への戒めの意味もあります。この考え方が、抵抗権として個人の銃の所有と携帯を国が認める根拠となっているのです。

 

アメリカ社会では銃を持つということがただ身を守るためではなく、自由や誇りの象徴としての意味を持つ場合があるようです。しかし、現在において何の罪もない人々が銃によって突然命を奪われるという事件は後を絶ちません。「自由」は人々の安全を脅かしても守られるべきものなのでしょうか。「自由の国」は大きな課題を抱えています。

 


参考:トランプ氏、教師の武装を提案

https://www-cnn-co-jp.cdn.ampproject.org/c/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35115110.html?usqp=mq331AQECAEYAQ%3D%3D

銃規制派は高校乱射事件を「利用」http://www.bbc.com/japanese/43165462

ayako_takahashi 登録者

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